夢心地「岩田栄次の波乱人生」第13話

第13話「下積の思いがけない余録」

朝鮮料理やに引き込まれた栄次は、当初の期待に反して皿洗い・掃除」・雑用の毎日であった。肉をいじらせて貰えるのはタン・ハツ・センマイ等臓物の下洗いをするときだけで、勿論、包丁は一回も握らせてもくれなかった。

チーフの甘い言葉に乗せられ・・・と、毎日の下積み生活に少し嫌気と後悔の気持ちになっていた。

おまけに、年下の中卒のサブチーフに怒鳴られサイバシまで投げつけられ、ホトホト嫌気がさしていた。

毎日のようにゴミを片付けながら裏木戸から外に出て夜空の星を見つめながら悔しさと

自分自身の心の弱さと不甲斐無さに涙ぐんだ。

ある日、栄次のやり切れない気持ちを察したのか「栄次!ちょっと来い!」と、

サブチーフが帰ったのを見計らってチーフが呼びつけた。

又何か怒られるのかと心配していると、ニコニコした顔付で言った。

「お前!この頃遊びも飲みにも行っていないだろう!今日のレースで儲かったから

おすそ分けでやるから遊びに行って来い!健には内緒だぜ!」と、一万円をポンとくれたのであった。

「良いんですか?こんなに・・」と、言うと「おお!」とだけ答え奥の事務所へ引っ込んでしまった。

チーフは、無口で乱暴で余計な事は一切言わず口が悪く、どこから見てもヤクザの風貌

の人だけど、男気のある親分肌の気質であった。

今回突然の余録は、余り裕福でない、いやまったく貧乏人の栄次にとってはどえらい大金であった。

飲みに行こう!と思ったが、栄次の横浜での知り合いは地下の人達だけである。

早々、下のチーフとサブを誘い三人居酒屋で朝方迄お互いの愚痴を舐めあいながら

飲み明かした。

雑用ばかりの下積み生活が半年位続いた頃、突然チーフに呼ばれ嬉しい出来事が・・・。と、言うお話は来週の夢心地のkokoroだ!

 

夢心地「岩田栄次の波乱人生」第12話

第12話「キラキラ光る夜空の星」

■一晩考えた末栄次はチーフの意向に沿って朝鮮料理店に行く事を決心した。

それは、今の自分には何にも誇れるものが無い事、将来自分は何を糧にして生きて行くべきなのか、折角水商売に飛び込んだんだから包丁が使えるようになった方が良い等と

考えあぐね、Mgの言葉にも後押しされて決めたのであった。

今迄、毎日地下に出勤していたが、今日から1Fの朝鮮料理店への出勤である。

「おはようございます!宜しくお願いいたします」と、大きな声で厨房に入ると

初対面で同年代位の口髭をはやした白衣姿の男が出て来た。

「店はまだだよ!」と、かなり冷ややかな眼で睨みつけられた。

「いや!お客じゃあ無くて、チーフに言われて今日からこちらにお世話になる者ですが」と、言うと「何?ここで?」と、より険悪な雰囲気であった。

どうも自分が来る事を知らされていなかったようである。

暫くしてチーフがやって来た。

「おい!健!バックから白衣とエプロンもってこい!」紹介もされていないこの男は

健さんと言うらしい。

ぶっちょうづらで白衣を栄次に渡しながら「お前!ここで働くのか?」と、

聞いてきた。

栄次が答えようとする前にチーフが「おう!コイツ下の店にいた栄次だ!」

「今日から此処でやるから、お前が教えてやれ!わかったか!健!!」

「栄次は健の下で当分見習いだぞ!」「健!ちゃんと面倒見てやれよ!」

彼に命令して競馬新聞を持って出て行ってしまい、残されたままの栄次は

かなりの不安にかられながらも「頑張ります!宜しくお願いします」と一礼した。

後で聞いてみると健さんは栄次よりも2つも年下であり、口髭を生やした風貌からは

そんなに若いとは想像もつかない人であった。

この日から何と、年下の彼に顎で使われる事になろうとは思いもよらない事だった。

この店に来て1週間位の事。

栄次が皿洗いをやっていると、健さんが洗い終わった皿を見て「バカ野郎!なんだ!

この洗い方は!」が早いか菜箸を栄次に投げつけて来た」

ビックリして「済みません!すぐやり直します」と、答えたが、あまりの態度と

菜箸を投げつけられた事に悔しさと驚きに体が熱くなるのを覚えた。

2つも年下の小僧になめられた悔しさもあったが、逆に何にも出来ない自分が恥ずかしくなった。

夜、厨房の裏手からゴミ出しに外に出た栄次は、キラキラ光る夜空の星を見上げ    ジーンとくる目頭を押さえた。

この後栄次はどうなったかと言うお話は次回の夢心地のkokoroだ!

 

夢心地「岩田栄次の波乱人生」第11話

第11話「栄次流転の第一歩」

■朝、目が覚めるとそこにはタカちゃんの姿は無く、テーブルの上に一枚のメモ

が置いてあった。

「栄ちゃん!いろいろありがとう、私、昨日でお店辞める事にしたんだよ」

「又、何処かで会おう!いい思い出だったよ」

栄次の二日酔いの頭にも何かジーンとくる結末であった。

何となく、ブラブラしながらそのままお店に出勤していると

毎朝モーニングを注文する1Fの焼肉料理の市村チーフがやって来た。

相変わらずカラーグラスにチョビひげ、耳に赤鉛筆手には競馬新聞の

日常スタイルである。

競馬新聞に集中し、何やら赤鉛筆で印をつけている。栄次がコーヒーのお代わりをもって行くと「おう!栄次!お前に話があるんだ!ちょっと此処に座れ!」

「Mgには話はつけてあるから、急だけど明日から上に来いや」と、言われ

突然過ぎる話に戸惑った。

「お前はなかなか見所があるし根性も座っている。俺も気に入ってるし、これから先

を見てみろ!喫茶のソフトと軽食だけじゃあ駄目だぜ!俺のところで頑張れば、包丁の使い方から朝鮮料理を教えてやるから信じて俺について来い。」

栄次は面倒見てくれた喫茶のMgが好きである。そのMgが納得している事に少し悔しい気持ちがあった。

「チーフ!少し考えさせて下さい」と答えてから、Mgに事情を聴きに事務所に行くと

「言われたか?市さんからどうしてもって頼まれた事なんだが、上も人手不足の事も

あり、それにお前の先の事考えたら料理が出来て、包丁が使えないと一人前にはなれないから、ちょうど良い機会かなと思うよ!仕事・技術は盗むもんだぜ」

「無理にとは言わないし、本当は俺も手放したくは無いんだけどな!」

栄次の為に真剣に考えてくれたMgに目頭が熱くなった。

「将来店持ちたかったら上に行って包丁の勉強するだけでも得だぞ!」

「上に行っても同じ会社だから困ったらいつでも面倒みるからな」

との言葉に一晩考えさせてもらう事にした。

翌朝市村チーフに出した栄次の答えは?と、言う夢心地は来週のkokoroだ!

 

 

 

 

夢心地「岩田栄次の波乱人生」第10話

第10話「水商売グループの社員旅行」

■勤めてから三ヶ月位だろうか、ビル全館(同じ会社)の社員旅行が開催される事になった。栄次は積立もしていなかったが、Mgが急遽行けなくなり代わりに行く事となった。

総勢60人位のバス二台の団体で一泊二日の熱海旅行である。

その中で知り合いと言えば喫茶の6人と1Fの焼肉店のチーフとサブチーフ位であった。

2Fはスナック3F4Fはクラブ5Fがキャバレーであり6F以上は何が在るかしらない。

次々とバスに乗り込んできた人達は、派手な化粧にケバイ服装の見るからに水商売と

わかるお姉様軍団であった。

バスの中は強い香水と化粧の匂いで充満し、ただでさえもバス酔いしそうな栄次は到着した時はホトホト気持ち悪くなっていた。

旅館に着いて早々チーフ達と待望の露天風呂を浴びて夕方大広間での宴会となった。

栄次の左隣はホールのタカちゃんと言う25才位の女性。

右側はサブチーフが座り前列からその他はズラッーと強烈なお姉様軍団である。

日頃、色っぽい女性もこんだけ集団で勢ぞろいするとかなり怖いものである。

歌えや踊るは上半身肌けるわのドンチャンさわぎである。

栄次はチビチビバス酔いのせいもあって飲んでいると、隣のタカちゃんは手酌で日本酒をグイグイコップでのんでいる。

暫くすると様子がおかしい。おかしいというより完全にラリっている。

「タカちゃん!もう余り飲まない方が良いですよ!」と声を掛けると、

「何!うるせぇ!」と恫喝され、当たらず触らず静観していた時、突然「ウェッー」と

自分の前に吐いてしまったのだ。

周りの人達は「イヤァー汚いな!」と言って誰も助ける様子も気配も無い。

栄次は彼女を抱きかかえトイレに連れて行き介抱した。

会場に戻り、そのままの汚物を片付けて洗面所でタオルを渡し顔を洗うよう勧めて彼女の部屋に連れて行き休ませた。

会場に戻ると、もうお開きになっており夕飯だけが楽しみだった栄次はガックリした。

肩を落として部屋に戻ると、「栄次!ご苦労さん!有難うな!」と言って酒とつまみで

もてなしてくれたのであった。

何のかんの言っても栄次にとっては、先輩達の人の優しさや異様なまでの女の世界を勉強させられた良い旅行であった。

旅行も終わりお店に出勤すると、早番で来ていたタカちゃんが駆け寄って来た。

「いろいろ面倒掛けたみたいでゴメン!全然覚えて無くて」「ところでお前!店引けてからチョット付き合えよ」と、男口調で誘われた。

閉店後待ち合わせると「カウンターバーへ行くぞ!」と言いながら連れて行かれた

タカちゃんはポチャッとした中肉中背のボオイシュなかわいい女性です。

チョット男っぽい口調が難点ではあった。

「この間のお礼だから、何でも好きなもの頼んで良いぞ」栄次は「有難うございます」

と、日頃飲んだ事の無いカクテルを飲む事ができた。

二人共かなり飲んでべろべろ状態の帰り「栄次!泊って行くぞ!来い!」と彼女に

ホテルに連行されてしまったのであった。

その後どうなったか?続きは次回夢心地のkokoroだ!

夢心地「岩田栄次の波乱人生」第9話

第9話「水商売の人生観」

焼肉店のチーフが白衣姿の雪駄履きスタイルで駆け込んできた。

「おい!栄次!とったぞ!1本買い1-8でバッチリ5,2倍1万ちょっとになったぜ!

「お前博才あるで!」と1万円札を手にする事になり、初競馬の初収入であった。

この店に勤務して一ヶ月位経ち、仕事にも慣れて

毎日14時出勤のラスト’迄のシフトになり休日無しのパターンになった。

時間は長いがMgの栄次に対する温かい配慮でもあった。金も無く他にやる事も無く家族もいない自分にとって、遅い昼飯と晩飯迄出してくれて有難い限りであった。

ホールのマリコさんが、本当は心の優しい人だ・・と、言う事が少しづつわかって来た。それは、アレ以来まともに口をきいていないし、冷たい雰囲気であったのだが、

ある時彼女が栄次に久々声を掛けた「栄ちゃん!私の事なんか気にしないでよ」

「何とも思ってないんだから!」と。

栄次は何も答えられずにただ立ったままであった。Mgはなんでも知っていた。

事務所に呼ばれ「俺は人の恋路を邪魔しようと思わないけど一」

「俺が追及したら全部話してくれたよ!お前は純真だから真面目に考えているかも知れないが、彼女はお前より5~6歳年上で完全な遊びなんだから」

「こういう商売やってると昼夜反対でその内だんだん寂しくなって来て、誰でもいいからすがりたくなってくるんだよ。」

「アイツは本当に良い奴でな、お前に言ってくれって!」

「お前をダメにしたくないから自分みたいな年上の女に引っかかるんじゃないよって」

「真面目に考えずアイツの事はほっとけ!」

「アイツは前の男に捨てられて、金をかなりつぎ込んでたんだよ」

「今でも昼夜働いて借金返しているんだよ」

水商売の奥の深さや環境による人生観の違いを勉強させられた時であった。

次回はビル全館の従業員での社員旅行の一幕は来週の夢心地のkokoroだ!

 

夢心地「岩田栄次の波乱人生」第7話

第7話「新たな生活の始まり」

■採用された翌日直ぐに住む部屋を世話してもらい、布団から前借りのお金迄も都合してくれたMgには本当に涙が出るほど感謝感激していた。

アパート迄布団を運んでくれていろいろな面倒を見てくれたまり子さんにも感謝しきれない程の気持ちで一杯だった。

「遅く迄済みませんでした!荷物も無いので後は一人でやりますので」と、申し訳無く栄次が言うと、「いいのよ!私ね、朝から喫茶で務めてこの後7時からあのビルの3階のクラブで働いているの!まだ時間あるから良いのよ!」

「カーテンが無くて外から丸見えだから電気消すわよ!」と、言うのが早いか勝手に

裸電球を消してしまった。

「あっ!」と暗闇で声を出す栄次の顔の前に、突然彼女の顔が現れた。

昔観た映画のワンシーンがまさか自分の身に起こるとは思いもよらぬ事であった。

慣れた手つきで完全に翻弄されてしまったが、何故か虚しさだけが残っていた栄次であった。

一夜明け、早朝お店に出社すると「モーニングあるから食うか?」とチーフが差し出した。何気ないこのしぐさに、Mgも、チーフも、まり子さんも、会う人会う人皆良い人ばかりダ・・・と、心で感激していた。

少し経ってまり子さんが出勤して来た。「昨日は有難うございました」栄次が頭を下げてお礼を言うと「ああ!良いのよ」と何事も無かったかのように素っ気ない態度であり、それ以上声を掛けられない雰囲気なのであった。

一日の予定もコレといってやりたい事も無い状態なので、朝から夜迄ブッ通し勤務で特別三食付き勤務として働く事となった。夜22時閉店。厨房の片づけやら翌日の仕込みやホールの掃除などを終える頃になると、Mg達がそわそわして、ホールの一番隅にあるテーブルに何やら大きな板の台をセットしている。

「予約でもあるんですか?」との問い掛けに、週三回程イベントがあるんだとの事だった。「イベント?何をするのかな?」と思っていると

Mg、チーフ、サブ、スタッフの四人が私服に着替えて隅のテーブルに集まって来た。

それを見た栄次はすぐにイベントの正体が理解できた。

果たしてこのイベントとは何か?と、言うお話は次回夢心地のkokoroだ!

 

夢心地「岩田栄次の波乱人生」第6話

第6話「生まれて初めての男涙」

■お店のソファーで一晩明かした栄次。

翌朝、チーフが出勤してビックリ仰天したのだった。

伊藤チーフはカウンターの親玉である。

「栄次!お前が全部やったのか?」と、目を見開いてびっくりしている。

「今朝、早く目が覚めましたので、できる限りの事はやっておきましたが

いけないところがありますか?」

栄次は謙虚な物言いとは裏腹に心の中では少々自慢げに感じていた。

何故ならば、すべてのテーブル拭き・トイレ掃除・床磨き・湯沸かし・レモンスライス

切・おしぼり巻や温め。ナプキンの補充から調味料の補充まで、一日の見習いだけで

すべて一人でやってのけたのであった。

「いやぁ!有難う。ここまでやってあればサブが来てもやる事がないぜ」と、喜んでくれた。次々とサブの田中さん、ホールの女の子、Mgと出勤しチーフがMgに報告した為

照れくさいほど褒められたのであった。

昼過ぎに事務所に来るように言われ「何でしょう?」と言うと、

「ウチとしては異例の事なんだが一生懸命やってくれるから、近くの白楽に3畳間の部屋を用意したからウチの早番のまり子さんと布団持って行って来い。」

「本当にありがとうございます。」事務所を出ようとすると

「栄次!それからコレも前例の無い事だけど、お前一銭も無いんだろう!」と、

茶封筒をわたされた。「前借りだぞ!」

仲を覗くと何と3万円も入っていた。その時代のサラリーの半月分であった。

胸がジーンと込み上げてきて、栄次は生まれて初めての男涙を流したのであった。

赤の他人でしかも知り合って一日だけの人間にアパート・布団・お金まで・・・・。

親はともかく他人からこんなに親切にされたのは初めてであり、ましてや殺伐とした都会で人の優しさに触れた瞬間であった。

同行してくれるまり子さんは5~6位年上の小奇麗な長い髪のホールチーフである。

会社の車と思われる軽自動車に布団を積んで助手席に乗るよう指示された。

地理もわからない栄次は、おとなしく同乗しているとやたら質問してきた。

店から40分位の間、「どうして大学辞めたの?」「何で横浜来たの?」

「何でウチに来たの?」「彼女いる?」「田舎は何処なの?」・・・・・

そんな会話をしている間にアパートに着き「有難うございました。後は自分でやりますから」と、言うと「何言ってのよ。いいから」と、言って紙袋を下げて来て、お茶を取り出したり、電球を変えてくれたり持って来た布団を点検してくれた。

「あっ!枕が無いわね今度買ってあげるわ」と、やけに色っぽい表情で栄次を見つめていた。この後二人はどうなるかと言うお話は次回の夢心地のkokoroだ!