夢心地「岩田栄次の波乱人生」第6話

第6話「生まれて初めての男涙」

■お店のソファーで一晩明かした栄次。

翌朝、チーフが出勤してビックリ仰天したのだった。

伊藤チーフはカウンターの親玉である。

「栄次!お前が全部やったのか?」と、目を見開いてびっくりしている。

「今朝、早く目が覚めましたので、できる限りの事はやっておきましたが

いけないところがありますか?」

栄次は謙虚な物言いとは裏腹に心の中では少々自慢げに感じていた。

何故ならば、すべてのテーブル拭き・トイレ掃除・床磨き・湯沸かし・レモンスライス

切・おしぼり巻や温め。ナプキンの補充から調味料の補充まで、一日の見習いだけで

すべて一人でやってのけたのであった。

「いやぁ!有難う。ここまでやってあればサブが来てもやる事がないぜ」と、喜んでくれた。次々とサブの田中さん、ホールの女の子、Mgと出勤しチーフがMgに報告した為

照れくさいほど褒められたのであった。

昼過ぎに事務所に来るように言われ「何でしょう?」と言うと、

「ウチとしては異例の事なんだが一生懸命やってくれるから、近くの白楽に3畳間の部屋を用意したからウチの早番のまり子さんと布団持って行って来い。」

「本当にありがとうございます。」事務所を出ようとすると

「栄次!それからコレも前例の無い事だけど、お前一銭も無いんだろう!」と、

茶封筒をわたされた。「前借りだぞ!」

仲を覗くと何と3万円も入っていた。その時代のサラリーの半月分であった。

胸がジーンと込み上げてきて、栄次は生まれて初めての男涙を流したのであった。

赤の他人でしかも知り合って一日だけの人間にアパート・布団・お金まで・・・・。

親はともかく他人からこんなに親切にされたのは初めてであり、ましてや殺伐とした都会で人の優しさに触れた瞬間であった。

同行してくれるまり子さんは5~6位年上の小奇麗な長い髪のホールチーフである。

会社の車と思われる軽自動車に布団を積んで助手席に乗るよう指示された。

地理もわからない栄次は、おとなしく同乗しているとやたら質問してきた。

店から40分位の間、「どうして大学辞めたの?」「何で横浜来たの?」

「何でウチに来たの?」「彼女いる?」「田舎は何処なの?」・・・・・

そんな会話をしている間にアパートに着き「有難うございました。後は自分でやりますから」と、言うと「何言ってのよ。いいから」と、言って紙袋を下げて来て、お茶を取り出したり、電球を変えてくれたり持って来た布団を点検してくれた。

「あっ!枕が無いわね今度買ってあげるわ」と、やけに色っぽい表情で栄次を見つめていた。この後二人はどうなるかと言うお話は次回の夢心地のkokoroだ!